健康への祈りを込めて作られる、インドネシアの遺産・ジャムウ

(文:フレグランスジャーナル・上野 靖)

欧州のハーブ療法、中国の漢方、インドのアーユルヴェーダなど、世界にはその土地に根付いた伝統療法が存在します。東南アジアでも、人々が薬代わりに活用してきたメソッドがあり、その一つが「ジャムウ(Jamu)」です。熱帯雨林気候の下で育ったハーブやスパイスを用いて、治療から美容まで幅広く使われてきた摩訶不思議なジャムウの魅力について紹介したいと思います。

jamu or traditional healthy drink made from spice in bottle from

「ジャムウ」とは一体なんだろう?
薬? サプリ? ドリンク? コスメ?

「ジャムウって一体なんですか」。私がジャムウについて調べていた時に、よくインドネシアの人々に質問した言葉です。同時に日本の知人や友人から発せられた言葉でもあります。私が質問した相手からの答えは「ハーブやスパイスを使った飲み物。でも塗ったりもする」「病気になった時飲むもの」「女性特有のことに使われるもの」など。一方、ジャムウを調べ始めたころ、日本の知人たちに対しては「ハーブとスパイスの漢方薬のようなもの」と答えていました。野山にあるスパイスやハーブを調合してドリンクにする、それがジャムウ―そんなイメージだったのです。

インドネシアの人々は、古くから病気治療や健康増進、あるいは美容のために様々なジャムウを作っていました。当然、飲み物だけでなく、薬やサプリメントあるいは化粧品など、あらゆる形でハーブやスパイスの効果を自分たちの生活の中に取り込んでいました。

ジャムウの哲学はただひとつ。
健康のために祈りをささげること

jamu ingredients

ジャムウを最終商品から見てしまうと、なかなかジャムウの中にある大切な部分にたどり着きません。なぜなら、ジャムウはある目的のために作られた製品ではなく、インドネシアの人々の健康や美容のために古くから行ってきた知恵を形にしたものだからです。

もともと「ジャムウ」はジャワ語の「ジャンピ」(祈りを意味する言葉)とジャワ語の「ウソド」(健康を意味する言葉)からできた言葉です。身近にあるハーブやスパイスを調合し、ドリンクにしたり、塗り薬としたり、あるいは艶やかな肌や髪を維持するための化粧品にしてみたり、と目的に合わせて調合していましたし、現在もほぼ同じように使われています。

そして、「病気が早く治りますように」「毎日健康で過ごせますように」あるいは、「もっときれいになれますように」といった祈りを込めてジャムウを作ります。例えば、病気の治癒を目的としたジャムウを使う場合、症状によっては祈祷師が病気回復を祈り、そのあとにジャムウを処方する場合もあります。また「今日も家族が健康でありますように」という願いをこめて、毎朝家族のためにジャムウドリンクを作っています。使う人の健康や美容に役立つように祈りながらジャムウを作る、そして使う人も作り手の祈りに感謝しながら使う-これが、古代から脈々とつながるジャムウの一番大切な部分です。

ジャムウを全土に広げていった
ジャムウ・ゲンドン

jamugendon

ジャムウを飲むという文化が広がった背景には、女性たちの存在があります。もともとは宮廷内で王様やお后様、あるいはお姫様など、高貴な人々の病気治療、健康増進、美容のために処方され使われていました。それがマタラム王国第3代目の王、スルタン・アグン(1613~1645年)の時代に、インドネシア全土にジャムウが広がりました。その際、ジャムウ・ゲンドンと呼ばれる女性たちが、8種類のジャムウドリンクを作り、それらを売り、ジャムウの哲学やマタラム王国の教義を伝えていったのです。

そして、現在もジャムウ・ゲンドンは、町に出てその日作ったジャムウドリンクを売っています。もちろん各家庭でも母親が家族の健康を確認しながら、台所で手作りでジャムウを作っています。

現代では、工業化されたジャムウ製品も数多く出ています。また石鹸やヘアトリートメント剤などコスメも多く存在します。「ハーブやスパイスを調合した商品はすべてジャムウか」と改めて問われると、私はまだ明確な答えを持ち合わせていません。なぜなら、ジャムウには1000年を超える歴史の中で、その時々に人たちがジャムウに何を求め、何を後世に伝えたかったのか―この答えが見つかっていないからです。



文:上野靖(フレグランスジャーナル社・取締役)

フレグランスジャーナル社取締役。長年にわたる美容業界、健康業界とのかかわりの中で、地方素材と地域のサービスを組み合わせた新たな地方創生の提案を行っている。2016年、インドネシアの有用植物の活用法の相談からジャムウの存在を知り、ジャムウを日本でも広めていくために奮闘している。